ごきげんさんに暮らすまち、尼ノ國

尼ノ風景

すごい歴史がそだてた尼ノ民気質

 縄文時代、海や川が運んだ土や砂から平らな土地が生まれました。やがてこの平野に尼ノ民が住み始めたのは、今から2千年以上前からはじまる弥生時代のことといわれています。稲作がさかんになり、いくつもの古墳を作られ、平安時代からは京都と瀬戸内海を結ぶ港がさかえました。貴族をはじめさまざまな人々がこの地を訪れ、歓楽地としても有名に。荘園が生まれ、義経弁慶がここから九州へと旅立つ歴史の名場面も生まれています。

 この頃、ようやく「尼崎」と呼ばれるようになったといいます。鎌倉時代には新たな港が開かれ、さらに多くの人々が行き交いました。戦乱に明け暮れた室町から戦国時代を経て、江戸時代に入ると現在の神戸市から尼崎市にかけた海岸部一帯を治める尼崎藩が生まれ、阪神間の拠点として建てられた尼崎城は四層の天守を構え、今の阪神尼崎駅の南側は城下町として大きく発展しました。

 明治がはじまり、城がなくなった尼崎には工場が立ち並びました。鉄道や道路がととのい、交通の結節点としてまたも人々でにぎわった尼崎には、働く場を求めて日本中から人が移り住みました。太平洋戦争では空襲被害を受けますが、戦後復興をなしとげ、ふたたび「工都」と呼ばれ栄えました。

 公害問題も生まれるなど、尼ノ國の暮らしがおびやかされた時にも、尼ノ民特有の粘り強さと結束力で克服してきました。地域のお困りごとを自分ごととして考え、立ち向かう姿は現代にまで受け継がれています。

詳しい歴史が知りたい人は

尼崎の歴史

図説尼崎の歴史


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