ごきげんさんに暮らすまち、尼ノ國

合戦!住めば都自慢

町工場の社長さんは本当に「ごきげんさん」なのか


写真、座談会の登壇者たち
左から、チューブロックの鈴木さん、モルファの平山さん、ワイエスフィルタージャパンの角田さん

 尼崎で「こきげんさん」に活躍している人を紹介する人気コーナー「尼ノ民」。「実際に会って、話してみたい!」というわけで、尼ノ民を招いての「尼ノ民座談会」を初開催しました。第1回目のゲストは、「尼のものづくり新波(ニューウエーブ)」と題して、市内にある町工場の社長さん3名。彼らは、尼ノ國で本当に「ごきげんさん」に暮らしているのか。グググイッと迫ってみました。

みなさんの会社のことを教えてください。



「モルファ」は、髪の毛より小さな10 ミクロン(0.01 ミリ)の穴を開けることができる全国トップレベルの精密加工技術を持っている会社です。「金属加工のコンシェルジュ」として、お客さまに合わせた技術を提供。航空部品、ロケット部品、自動車部品、各種テスト部品など分野は多岐にわたります。リーマンショック以降、周りの町工場がどんどん廃業。なんでそうなったんやろうって。日本のメーカーは、個性がないことに気付いたんです。海外のメーカーと違い、タグを外したらどこのブランドか見分けがつかなくなるものが多い。だから国内はもちろん、世界に広く発信できるプロダクトが欲しいと考えました。そこで立ち上げたのが、金属雑貨ブランド「モルファワークス」。iPhoneケースにしたのは、投資コストがあまりかからないのと、みんなが持つものだから波及効果が高いかなと。デザイナーやアーティストとも密に関わっているのも、うちの会社の強みです。



うち(ワイエスフィルタージャパン)は、工場機械や空調設備のカートリッジやフィルターの製造や販売しています。フィルターを使ってもらい、「こんなこともできるんだ!」ということをお客さまに体験してもらいたい。物を売るというより、体験することに価値を置いている会社です。カートリッジやフィルターは、いわば消耗品ビジネス。1回で終わる仕事ではなく、ずっとお客さまと付き合っていくわけです。たくさんある商品に対して、どう組み合わせたらよいかを分かりやすく丁寧に提案することが、すごく重要になります。お客さまが作りたいものに対して、どれを選べばよいかをマッチングさせていく。さらに、発見、感動、満足を届けることが仕事だと思っています。



私は、配管資材の製造販売を行う会社「ベンカン」グループに1995年に入社しました。製造現場、配管設計、営業などを経験してきたのですが、2013年に新規事業の立ち上げ部署である事業開発室に配属。そこで、一般消費者向けの新規事業を模索することになったんです。複数の事業プランの中から、配管形状のブロック玩具「チューブロック」を開発し、2016年8月に、新会社「株式会社チューブロック」を発足させました。パイプ状のパーツは、一つひとつが連結部に凹凸両方の機能を持つため、「つなぐ、まげる、わける」が可能。豊富なパーツで思いついたものをどんどん組み立てられるのが特徴で、子どもさんはもちろん、大人も楽しめる新しい玩具です。

社内ベンチャーとして新会社を設立し、社長になった鈴木さん。平山さん、角田さんの社長になるまでのストーリーも教えてください。



今の会社に入る前は、自動車メーカーで働いていました。エンジンのプログラミングに関わっていたんですが、チンプンカンプン(笑)。仕事に慣れてきて、「パソコンの前で人生を終わるのはイヤだ(笑)」と思うようになって…。その後、会社を辞めて、尼崎に戻ったんですが、実家には戻りたくなくて。1年間、車中生活していました。父親の会社(モルファ)は全然継ぐ気はなくて、バイトとして、ホームページ制作やプログラミングを手伝っていました。でもある日、税理士さんから「専務になったんですね。おめでとうございます!」と言われて。知らない間に役職がついていました(笑)。30歳までは加工技術を覚えて、30歳を過ぎた頃に友人のデザイナーと組んで金属雑貨ブランド「モルファワークス」を立ち上げました。でも当時の社長である父親は、価値になるかどうか分からないものにはお金が出せないという方針。なので、工場で落ちている金属端材を拾っては、加工してました。ちょうど5年ぐらい前、ギフトショーに参加したのをきっかけに、会社から資金を出してもらい、事業化できることに。金属iPhoneケース「薄金(うすかね)」を開発。2017年、OMOTENASHI SELECTION金賞受賞。やり切ったという思いとともに、社長になった。そんな流れでしょうか。



とりあえず遊んだ大学生時代。いろんなバイトを経験する中で学びもありましたが、結局本当にやりたいことは見つからなかったんです。そんな中、不景気に左右されてない職業がいいと思い、医療医薬品の会社に入社しました。その会社の人事部で「10年後、20年後、30年後の自分の未来を想像しよう」という課題を出されたんですが、僕は全く想像できなくて。単に売るだけでない、作る人になりたいと思うようになり、3年後に退社。その後、医療関係で新規事業を募集していた会社に転職したんです。関東で勤めていた時、突然父親から会社に「会いたい」と連絡があって。ちょうどリーマンショックがあり、右肩上がりだった父親の会社の業績がストンと落ちた頃。「絶対いい話じゃないな」と思いました。会った時、父親に言われたのは「仕事を手伝え」。今までお世話になったし、親孝行しないとダメかなと。だから最初は、経営したい、社長になりたいとかではなかったんです。もちろん、今は違いますよ。もう親孝行はしたと思っているので、自分の経営をしています。

実際に社長さんになって変わったことはありますか?



社長になった方がラクですね。自分で責任さえ取ればよい。上にも下にも挟まれている状況の方がしんどい。ずいぶん開放的になりました。


自分で人材を選べること。会社の進む方向を決められる。そして、自分の好きなようにできることですね。



社長になるまでは、営業メインでしたが、今は資金繰り、人材育成、営業などをトータルで見る必要があります。あと、決断のサイクルを早くする大切さを日々感じています。

尼崎の企業として、これから地域でやっていきたい取り組みはありますか



チューブロックは、地域の方とのつながりなしでは語れません。市役所、商工会議所、地元の方、本当にお世話になりました。「世界中のあらゆる人々につながる楽しさを伝えたい」は、うちのミッションなんですが、もっと地元の人たちとつながっていきたいと思っています。尼崎という街は、工場、住居がバランスよくミックスされた場所です。クセはあるけれど、一度訪れたら、ステキなところ。それを地元企業として、もっとアピールしていきたいですね。


尼崎はものづくりのまちですよね。一般の方とものづくりをつなぐようなことをしたいです。例えば、メガネで有名な福井県の鯖江では、町工場が主体となってバスツアーをしています。ものづくりを身近で見てもらいたい。尼崎でもやってみたいです。


尼崎って、おせっかいな人が多いですよね。大阪にいた時はほとんど声を掛けられなかったんですが、尼崎に来てからやたら声を掛けられるように。そして、気づいたらコミュニティが生まれていて、本当にすごいなと。またちょうど助けが必要な時に、声を掛けたり、協力してくれる人が出てきたり。この流れは、引き継ぎたいですね。おせっかいが多いから、これから起業する若手は尼崎に来たらいいよって。そのお手伝いを僕もしたいし、そんな市の魅力も伝えていきたいです。

最後に、みなさんにとって尼崎のまちとは?



人と人が助ける風土があるまち。今って、無関心なコミュニティが多い。でも、尼崎はそこまで浸食されてないですよね。住んでいない人からすると、むちゃくちゃイメージが悪かったりするけれど、どんどんおせっかいコミュニティを広げていけたらいい。尼崎は「もったいない」ところがたくさんあると思うんです。今日の会場(ひと咲きタワー)も本当にステキな場所だし、「尼ノ物書キ組」のような活動も僕自身全く知らなかった。知らないことを、みんなに伝える。尼崎のよいところを、どういう方法で伝えるのかが重要なのだと思います。


人でいえば、お祭り好きな人が多いですね。地域ごとに、活躍している中心人物的な人がいたり。関東に出ていくと、尼崎の濃さや人懐っこさが恋しくなりますね。企業としては、技術が高いところが多い。ポテンシャルが高いまちだと思います。


長年尼崎で仕事をして思うことは、薄っぺらいまちではないということ。店、町工場が、しっかりと自立していて、地に足がついている。そして人情味にあふれている。その中で製造業が、横のつながりを持てたら、さらに面白くなるはずです。


 昔から知り合いのように和やかに話していただいた座談会。3人がつながり、また「新しい波」が尼崎に生まれることを期待します。


平山哲史(ひらやまさとし)/株式会社モルファ代表取締役社長

1982年尼崎生まれ。大学卒業後、トヨタテクニカルディベロップメント(株)に入社。トヨタ自動車(株)にてエンジン制御開発に従事。2008年4月、株式会社モルファに入社。日本中から超微細加工などの加工を請け負う。2012年4月、金属雑貨ブランド「モルファワークス」を設立。日本が世界に誇る加工技術を、一般の人にもわかりやすいプロダクトとして発信することを目的に、金属iPhoneケース「薄金」を開発。2017年、OMOTENASHI SELECTION金賞受賞。


鈴木隆也(すずきたかや)/株式会社チューブロック代表取締役

1975年三重県生まれ。1995年、配管材の製造販売を行う(株)ベンカン入社。製造現場、配管設計、営業など経験。2013年、新規事業の立ち上げ部署である事業開発室に配属になり、一般消費者向けの新規事業を模索。複数の事業プランの中から、配管形状のブロック玩具「チューブロック」を開発。2016年8月に新会社である株式会社チューブロックが発足する。


角田祐介(すみたゆうすけ)/ワイエスフィルタージャパン株式会社代表取締役社長

1981年尼崎生まれ。大学卒業後、医療用医薬品卸の(株)スズケンに入社。その後、リクルートドクターズキャリア(現在のリクルートメディカルキャリア)を経て、2014年4月、ワイエスフィルタージャパン株式会社に入社。産業用カートリッジフィルター、フィルターハウジングの製造、販売を通じて、日本のものづくりを支えることに企業価値を置く。2014年11月、現職に就任。











取材・文 尼ノ物書キ組

坂本恵利子

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