ごきげんさんに暮らすまち、尼ノ國

尼ノ民たち

小林哲朗さん(38)/フォトグラファー

工場には「演出がない」からおもしろい


 工場の夜景をじっくりながめたことがあるでしょうか。青い闇に浮かび上がる鉄塔、煙突、タンク。生き物のように複雑にからまり合ったパイプや配管。そこに散りばめられた無数の、色とりどりの光──。

 そんな風景を写真におさめ、まるで幻想的な絵画やSFの世界のように見せてくれるのが、小林哲朗さん。全国の工場をたずね歩き、何冊も写真集を出版しているカメラマンです。


 「工場建築のおもしろさというのは『演出がない』ところなんです。だれかに見てもらおう、カッコいい外観にしようと思って作ったわけじゃなく、ただ生産機能を追求しただけなのに、不思議とカッコよく、美しい構造物になっている。『機能美』とよく言われますが、意図せずに生まれてくる魅力があるんですよね」
たしかに小林さんの写真を見ていると、「工場や機械ってこんなに美しいものだったのか」「こんなにいきいきと、生きて動いているように見えるのか」というおどろきと再発見があり、いつまでも見入ってしまいます。

 古くからものづくりのまちであり、「工都」と呼ばれた尼崎には、そんな風景がいくつもあります。小林さんもカメラを提げて歩きながら、まちを再発見していったといいます。臨海部の工業地帯、住宅地に近い中小の工場群、張りめぐらされた運河……。
「いい風景を見つけると、おおー!と興奮しますね(笑)。こんなところがあったのかと」

見えないものを見つめる目


 尼崎の北部、園田地区で生まれ育った小林さん。記憶に残る原風景は「田んぼでカエルが鳴いている郊外の住宅地」で、工場が近くにあったわけではありません。カメラ少年だったわけでもなく、写真を撮りはじめたのは20代のはじめ頃、保育士として働いていた時にカメラ付き携帯電話が出てきたのがきっかけというから意外です。

「当時はデジタルカメラがまだ高くて買えなかったのと、ちょっとキャンプに行った時にきれいな川や夕焼けを撮るぐらいだったから、携帯でも十分楽しめたんです。コンパクトデジカメをはじめて買ったのは25、6歳の時でしたね。それで、当時、友達と興味本位でよく出かけていた廃墟を撮るようになって」
 小林さんが最初に世に知られるようになったのは「廃墟カメラマン」としてでした。長崎県の軍艦島が有名ですが、ほかにも閉鎖された工場や鉱山、遊園地、ホテル、アパート……。


「廃墟って光の入り具合が独特で、機械にツタがからまっていたり、まあ異世界なんですけど、なんかリアルなんですよね。全国各地に存在するけど、みんなあまり目を向けない。でも僕は、そこに人が集まって、働いていた残り香みたいなものを感じるんですね」
 工場にしても、廃墟にしても、ふつうの人が見すごしてしまう風景の中に、人びとが生きていたにおい、生命や歴史のかけらを見つける目を、小林さんは持っているのでしょう。

自分の撮りたいものを見つけて


 最近は一般の人にも工場好きが増えてきました。尼崎でも工場夜景ツアーや工場写真の撮り方講座が開かれ、小林さんが講師を務めることもあります。これからはじめたい人へのアドバイス、うまく撮るコツを聞いてみました。

「僕は、自分が写真の学校や師匠に学んだわけでもないので、これを撮れ、こう撮るべきだというのはないんです。カメラも高価なものでなく、最初はスマートホンだっていい。手元にある機材の能力を限界まで引き出せば、けっこう撮れるものですよ。


 構図は大事ですね。工場は横に長いので全景をうまくおさめるのは難しい。最初に外観をよく観察して、気に入ったところを探してください。夜景であれば8~10秒間シャッターを開きますから、カメラをいかにブレさせないかが一番大事。それができれば半分クリアしたようなもの。あとは、光のかがやきを作る、水蒸気を写し込むとか、細かいテクニックはいろいろあるんですけど、これは何度も通って回数を重ねていくしかない」

 尼崎は、巨大工場地帯と比べると小規模な工場が多いため近くに寄って撮りやすい、それに住宅街が近いので、まち並みと組み合わせて撮れるのが特徴だと小林さんは言います。

 まずはコンパクトカメラやスマホなど手持ちの機材をたずさえて、まちを歩いてみるところからはじまるのかもしれません。

海外に広めたい尼崎の「工場夜景」


 2015年からはドローンを使って工場の空撮に力を入れているという小林さん。地上から見るだけでは分からなかった新たな発見がたくさんあるといいます。それをSNSにアップして世界に「工場夜景」が広まればおもしろいと、積極的に投稿しています。

 「日本の廃墟写真はフランスで人気があるんですけど、工場写真というのは撮るのも見るのも日本独自の分野みたいで、海外にはまだあまり知られていないんです。インスタグラムにアップすると、『こんなところがあるのか』『ここはどこ?』みたいな反応がけっこうあって楽しいですよ」

 小林さんの作品によって、「工場夜景の聖地アマガサキ」の名が世界に広まっていくかもしれません。











(プロフィール)

こばやし・てつろう 生まれてから現在に至るまでずっと尼崎市在住。子どもの頃はテレビ、ラジカセ、ファミコンなど何でも分解して遊んでいたといい、「それが機械好き・工場好きの原点かも」。高校卒業後、保育士として市内の保育園で10年間働く。在職中からカメラをはじめ、2012年、カメラマンとして独立。『廃墟ディスカバリー』『工場ディスカバリー』『工場夜景』など写真集多数。


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