「生きている赤」はトマトにかける情熱の色

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小寺清隆さん(34)

口コミで広がった完熟トマトの味


 国道2号線すぐ北の住宅地に並ぶビニールハウス。火・木・土の週3回、朝夕に長い行列ができます。その数100人あまり。朝早い人は6時前から並びはじめます。おめあてはトマト。ハウスの中では真っ赤に輝くような、みずみずしい完熟トマトが収穫を待っています。「生きている赤」と、作り手の小寺清隆さんは表現します。

 「卸売市場を通すと、緑からほんのりピンクに色づく、まだ硬い段階で出荷するんですけど、うちはここでの直売だけ。だから最後の最後まで枝から栄養をたっぷり吸いこんで鮮やかに色づき、味にもひと押しあるんです」


 甘さと、それを引き立たせる酸味。味の濃さ、それから香り。「昔食べたなつかしい採れたての味」「コテラのトマトはモノが違う」という口コミに加え、行列のできるまちなかの本格農園という珍しさからメディアにもたびたび紹介され、今では車に乗って遠方から買いに来るお客さんも少なくありません。

 「尼崎のおばちゃんの口コミ力はすごいですよね。直売を始めて間もないころ、近所の銭湯で『あそこのトマトおいしいから食べてみ』とうわさが広まったらしいんです。あるスーパーでは、野菜売り場で知り合いを見つけると、『明日はトマトの直売あるから買わんとき』と言う人もいたそうで、『営業妨害や』と苦情を受けたこともあります(笑)」

 それほど応援したくなるコテラのトマトは、どうやって生まれたのでしょう。

父の言葉と人のつながりに支えられて


 小寺さんが農業を志したのは小学校2年生の時。代々この地で農業をしてきた自分の家に、学校から田植え見学に来たのがきっかけです。

 「それまではあまり興味なかったけど、泥まみれになって働く父の姿を見てカッコええなあと思ったんです。誇らしかった。それで、自分も絶対これをやろうって」

 それからは一直線。農業を継ぐと家族に告げると、父が若いころにはトマトを作り、祖母がリヤカーで売り歩いていたという話を聞きます。「あのトマトおいしかったわ」と話す近所のお年寄りもいました。農業高校から農業大学校へと進む中、トマトの復活が小寺さんの一番の目標になっていきます。


 「農業系の学校といっても、僕みたいに絶対農業をやる、トマト栽培を学ぶとはっきり目標を持つ生徒は珍しいので、先生たちは喜んでトマト中心に教えてくれて、農家の方にも紹介してくれました。なかでも、稲美町におられる県内一のトマト作り名人のもと、泊まり込みでみっちり鍛えてもらった経験は大きいですね」

 トマト栽培を5年間学び、自信満々で復活に取り組んだ小寺さん。しかし最初の年は大失敗に終わります。思わぬ害虫被害で苗が全滅……。自信をくだかれ、心が折れそうになった小寺さんを力づけたのは、「まだ始まったばっかりや。じっくりやったらええ」という父の言葉。それに、トマトの復活を待っていてくれる人たちでした。

 「学校時代に指導してくれた先生、応援してくれた農家の方、アルバイトをしたビニールハウス会社の社長。それから『あのトマトをまた食べたい』と言う地元の人たち。そういう人のつながりに支えられてやってこられたと思います」

「新鮮で安全安心」が都市型農業の強み


 工都・尼崎の真ん中で生まれ、すっかり定着した「コテラトマト」。市内に農家は300軒ほどありますが、専業農家はごくわずかです。

 「まず、消費地が近いので流通を経ることなく、新鮮な、一番おいしい完熟状態で直接手わたせること。それに、周りに農地がないので虫が少なく、農薬を最小限にできます。『子どもに安全安心な野菜を食べさせたい』という若い夫婦のお客さんも多いですよ」

 都市型の特徴を活かしたオーナー制も大人気。5株9,000円で「自分だけのトマトの木」が持てるしくみです。オーナーになれば、実がなる時季(5月から8月)の週に1~2回、農園に来て好きなだけ収穫できます。普段の世話は小寺さんが丹精込めてやってくれるので、野菜を育てたことがない人でも大丈夫。今、300家族がオーナーになっていて、毎日いろんな人が代わる代わる訪れます。


 自分の名札がついた木の前で写真を撮る人。子どもと一緒に土に触れ、収穫を楽しむ人。友達を連れてきて「うちのトマトおいしいねん。たくさん持って帰って」と、うれしそうに話している人もいます。

 小寺さんが「都会のオアシスにしたい」という農園の光景は、「愛情たっぷり」というコテラトマトのキャッチフレーズどおり、トマトへの愛、家族や友達への愛、そして、まちへの愛にあふれています。

それぞれの時季にそれぞれのおいしさ


 トマト栽培を始めて13年目になる小寺さんですが、「毎年が1年生の気持ち」だと言います。経験を積んでいても、気候や温度、雨の量に左右される野菜作りは一年一年が勝負。苗はうまく育つか。実はたくさんなるか。大きくなってくれるか。色や味はどうか……。苗を育て始める2月から最初の収穫がある5月の半ばまでは、そんな不安の連続なのだそう。

 「それだけに、その年の初物の味は特別です。無事採れてよかったという安心感とともに味わいます。それから初夏にかけて味がだんだん充実してきて、夏も盛りになれば、さっぱりと酸味がきわだつ夏のトマトになる。どの季節にも、それぞれのおいしさがありますよ」

 尼崎の食卓を豊かに彩るコテラトマト。その輝かしい赤色は、小寺さんが発する「情熱の赤」なのかもしれません。











体験型市民農園(市役所/外部リンク)


(プロフィール)

こてら・きよたか 高校時代は兵庫県立有馬高校(三田市)へ剣道の防具を背負って通学。県立農業大学校(加西市)では寮生活をしながらトマト栽培一筋に学ぶ。「兵庫県ハウストマト立毛品評会」で最優秀の農林水産大臣賞に輝くなど入賞多数。剣道が縁で結婚した幼なじみの奥さんとの間に一男一女。「将来継いでくれるといいんですけどね。僕からは言いませんけど」と笑う。