ごきげんさんに暮らすまち、尼ノ國

尼ノ民たち

写真、商品の日傘を差す藤村さん
藤村絵理香さん(44)/日傘ブランド「nuts(ナッツ)」代表

育児ノイローゼになるくらい子育てが辛かった


 第一印象は、笑顔がステキでとびっきり元気な女性。白鳥プリントのワンピースをキュートに着こなしている藤村さんは、手づくりの日傘ブランド「nuts(ナッツ)」を立ち上げた女性起業家です。そんな彼女が最初に言った意外な言葉。「私、子育てが本当に辛くて、育児ノイローゼやったんです」

 「私が小学5年生の時、両親それぞれが家を出てしまって、祖父母に育てられたんです。だから、自分が結婚して子どもができたら、仕事を辞めて子育てがしたかった。いざ育てるとなると、大変でしたね。長男は重度のアトピー。夜はまったく寝なくて、ずっと抱っこ。掻きすぎて血だらけで、本当にかわいそうだった。さらに次男は不登校。子育てに疲れて、私は家に引きこもるように。子どもと一緒にいても、子育てから逃げるようにずっとヘッドホンをして音楽を聞いていました。お母さん友だちも、全然いませんでしたね」

人と関わるきっかけは、フリーマーケットで売れたポーチ


 家の近くで開催されていたフリーマーケットに、たまたま出店した藤村さん。小さくなった子ども服のほかに、自分でつくって使わなくなったポーチも出品します。
 「『なにこれ~!可愛い!』と言ってお客さんが買ってくれて。それから、フリマのたびに、商品をつくって行くようになり、お客さんがどんどん増えていったんです。手芸店に材料を買いに行ったり、お客さんからの問い合わせに答えたりして、だんだん人と関わりだした。悩みを抱えているのに、ちょっと手芸をするだけで、前向きになれた。なんや、こんなんでいいのかって」
 ふっきれた藤村さんは、こう思うようになります。
 「私のように悩んでいるお母さんたちが、集まれる場所をこのまちにつくりたい」

「はずれ」から「あたり」へ


 「私、人生に『はずれた』と思っていたんです。自分の生い立ち、子育てによる育児ノイローゼ。なんで、私だけこんなにしんどいのやろうって。でも手芸を始めて、思ったんです。もしかして『あたり』ちゃうかなって。今までの苦労が、私のキャリアとしてプラスになるやんって」

 そこから、藤村さんはどんどん動いていきます。自宅を建て替えるタイミングで、アトリエを併設して、託児付き手芸ワークショップを開くことに。

 「私が前向きになれたきっかけを、みんなに提供したかった。講師の人を呼んできて、私はお母さんたちのつくっているものを見ながら『えーやん、えーやん』とひたすら言う、場の盛り上げ役」

 でも続ける中で、「ちょっと違うかな」と感じるようになったと言います。
「私が元気にしたいのは、家から出られへんようなお母さんたち。単にワークショップをするのではなく、お母さんと一緒に日傘をここでつくろう」


 それから藤村さんは、子どもの通う小学校に顔を出さない閉じこもりがちなお母さんたちに、声を掛ける日々。1人ずつ、地道にメンバーを集めていきました。指導をしながら、技術を覚えてもらう。みんなでお菓子を食べながら、楽しく作業をする。日傘をつくり、お金をもらう。そんな流れが少しずつできてきました。現在、スタッフは24人で、ほぼ市内在住のお母さん。気づけば、藤村さんの周りには、尼崎のママたちの温かいコミュニティができていました。
 「始めてから、1人も辞めてないんです。最初に誘ったお母さんたちは、幹部や技術指導員としてがんばってくれています」

日傘をつくる理由とは


 ハンドメイドの日傘は、ヨーロッパやアメリカのビンテージの布地を使用し、ほとんどが1点物。日傘というより、ファッション小物としての要素が強く、コレクターも多数。店舗、ネットでの販売のほか、イベント、百貨店にも出店する人気ブランドに。日傘に対して、強い思い入れはあったのでしょうか。

 「10年前に、ある作家さんから日傘を買ったんです。みんなに『どこで買ったの?』って、本当によく聞かれる傘で。でもその作家さんは採算が合わないからと、その1本しか作っていなかった。だから、作るならこれしかないなって思ったんです。1人でやって採算が合わへんことは、分業したら必ずもうかる」

 すぐに、市販の日傘を分解し、どうやってつくっているのかを必死に調べた藤村さん。
 「この作業はめちゃくちゃしんどかった」と笑います。最初は、月5本作るのが限界だったのに、2年たった今、月100本を製作するまでに。それでも新作を出すと、すぐに完売。待っているファンは多いのだそう。

 「でも、お母さんたちに納期はないんです。自分のスケジュールに合わせて無理なくやってほしいから。間に合わなければ、幹部でやります」

欠席したかった「あまがさきビジネスプランコンテスト」 


 仕事が軌道に乗ってきたころ、「あまがさきビジネスプランコンテスト」に出場してみないかと声が掛かります。
 「『出るだけでいいから』と言われてエントリーしたら、あれよあれよという間に最終まで進んでしまって。コンペ前日に欠席しようと思って、担当者に電話したんです。『仕事があるからコンペに行けなくなりました』って。そうしたら、『その仕事が終わってからでいいので、来てください』ってあっさり言われてしまった」

 結果、グランプリをとった藤村さん。これがきっかけで、新聞やテレビ、ラジオといったメディアに取り上げられ、お客さまも増え、人脈もグンと広がっていきます。
 「いやあ、コンペは出るべきですよ。ほんまに出てよかった。これがきっかけで、尼崎商工会議所の方にも、ずっとお世話になっています」

広がっていくお母さんたちの輪


 活躍の場が広がっている藤村さん。これからの目標はあるのでしょうか。
 「ここを本部にして、地方でもお母さんたちのグループをつくり、支部を設けたいんです。マニュアルや技術をきちんと伝えて、作業を発注していきたい。私にとって、日傘はあくまでも手段。売れなくなったら、別のものになるかもしれない。想いだけではビジネスできないから、経営をしっかりと考える。そして、いっぱいもうけて、みんなでシェアして、楽しくやっていきたい!」

 これまでつくった日傘は約2,000本。日傘を通じてつながるお母さんたちの輪。孤独を感じていた藤村さんが始めたビジネスは、尼崎だけでなく全国に。今後の活躍から目が離せません。











(プロフィール)

ふじむら・えりか 尼崎市出身。「nuts」代表。服飾販売に携わり、接客業の楽しさを知り、カリスマ店員と言われるまでに。結婚を機に仕事を辞め、専業主婦に。出産後、子育てが辛く育児ノイローゼになる。「お母さんが生きがいを持てる場所をつくりたい」という想いから、日傘ブランド「nuts」を立ち上げる。組み立てから完成まで、お母さんメンバーで分業し製作。2016年、尼崎ビジネスプランコンペグランプリ受賞。



取材・文 尼ノ物書キ組

坂本恵利子

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