ごきげんさんに暮らすまち、尼ノ國

尼ノ民たち

写真、笑顔の槌賀さん
槌賀久志さん(56)/塚口本町西浦町町会長

 寿司店の大将で、塚口本町西浦町の町会長である槌賀さんは、2016年1月に尼崎市が市制100周年を迎えた時、誰に頼まれたわけでもないのに、「100周年おめでとう動画」を製作しました。さぞかし「まちのために!」と頑張る方なんだろうと、お話を伺いに行ってきました。

近所の大人たちにも育ててもらった子ども時代


 大阪の十三生まれ。3歳の時、父が尼崎で寿司店を始めるのにあわせて尼崎へ。土日は商売で忙しい両親のかわりに、近所のおっちゃんが虫捕りや魚釣りに連れて行ってくれるなど、まわりの大人たちにも可愛がられて育ちました。


青年団で活躍していた頃(最前列右から3人目が槌賀さん)

 子どもの頃の思い出で強く印象に残っているのは、だんじりが走る地域のお祭り。
 「小さい時は綱を引っ張って、中学生の時は太鼓叩かせてもらって、高校の時に青年団に入って、その後青年団長を務めました。いまだに青年団の関係者がお店に来てくれるんですけど、僕がだんじりに乗せてあげた子どもらが、青年団長になってたり保存会の会長になってたり、偉くなってるんですよ。あの時優しくしておいて良かったわってね(笑)」
 地域のおっちゃんもおばちゃんも、大人も子どもも、みんなが顔見知りの中で槌賀さんは過ごしてきました。

「楽をしよう」と思って引き受けた町会長


写真、インタビューに答える槌賀さん

 今年で14年目になる町会長を託されたのは、塚口駅前の大規模火災がきっかけでした。火災で町内にあった店舗を失った前会長から代わってほしいと依頼され、はじめは断っていたのですが、当時43世帯しかなかった西浦町は、槌賀さんが町会長を引き受けなければ隣町の町会に吸収される、という状況でした。

 「となりの町会は、ものすごくマメに色々な行事をやっててね。もし吸収されたら、こっちも色々やらなあかんから大変やでって。それで、3、4人でやってみよかって引き受けました」

 「やった方が楽だから」という気持ちで就任した町会長ですが、予想に反して多忙な日々が始まります。毎日起こることをすべて書きためてきた町会活動のノートは、もう14冊になりました。数か月でノートが埋まることもあったそうです。


だんじりまつりには、子どもたちも元気に参加してくれます

 「溝のふたを直してほしいとか、一旦停止の白線を塗りなおしてほしいとか、そんなことばっかりかなと思ってたんですけどね。結構色んな要望があがってくるんですよ。市役所の色んな部署に行って話し合ったりもしました。就任当初のことなんかは、今でも強烈に覚えてますね。今聞いた寿司の注文は忘れてまうけど(笑)」


たくさんの子どもたちが参加した子ども会の餅つきイベント

 西浦町は、今や280世帯。ファミリー世帯がどんどん増え、0人だった子どもも、50人以上になりました。例えば防犯カメラを設置することになった時、「スッピン映されるのイヤやわ」と反対意見が出ても、「おばちゃん頼むわ」の一言で納得してもらえる、そんな信頼関係をまちの人たちと築いています。

日常だからこそ、記録に残したい


母校の稲園高校サッカー部のみなさんと。中央に寝転がっているのが槌賀さん

 町会長のほかに、30年以上も同窓会副会長を務める稲園高校の卒業式には、22歳の時から出席しています。卒業式に先立って行われる「同窓会入会式」では、槌賀さんらしい「はなむけ」が。

 「ここ数年、体育館の壇上から生徒たちの動画を撮影しているんですよ。『嫌な人ごめんね、顔隠してね。でも、君らが有名なったら、おっちゃんこの動画売るからな』って(笑)。変顔してもらったり、在校生から卒業生に『おめでとう!』って言ってもらったり、毎年ちょっとずつ違うことをしてもらうんですけど、無茶ぶりなのにみんな上手にやってくれます。子どもたちはいつの時代も変わらず可愛いですね。心に元気が貯金されていくようです」

 同窓会では部活動を応援するために、近畿大会以上の出場を果たした生徒のみなさんに奨励金を贈っているそう。これも、槌賀さんの楽しみのひとつです。


写真、稲園高校の生徒に部活動奨励金を贈った時の記念撮影


写真、稲園高校の生徒に部活動奨励金を贈った時の記念撮影

 槌賀さんがいつも撮影に使っているスマートフォンには、写真や動画がたくさん。撮影する理由を聞くと、「何が最後になるか分からない。当たり前は当たり前じゃないから」と言います。

 「両親はもう亡くなっているんですけど、親と一緒の写真って少ないんですよ。いつでも撮れるって思ってたから。だから、町内の人と「今、その時」を残しておきたいと思って、いつも撮っているんです。高校の同窓会でもみんなを撮影したんですけど、僕がスマホ取り出すのを見て、『スマホで撮るんかい!』ってつっこまれましたわ(笑)」 

人とのつながりを記録に残し続けた集大成

 そして2016年、槌賀さんの信念とも言える「今を残す」行動が結実します。長く活動してきた証を何か残したいと思っていた時、当時話題になった九州新幹線開通を祝う動画を見て、「これをやろう!」と決意。ちょうど尼崎市市制100周年のタイミングだったこともあり、「おめでとう動画」を製作することになります。電車に向かって手を振る人たちの動画のほかにも、「可能な限り、町内の人たちのスナップ写真を残そう」と、たくさんの人に声をかけて撮影した写真をつなげました。


100周年動画撮影の時のひとコマ。100周年メガネでポーズ!

 「ほとんどの人が快諾してくれましたね。僕が普段からみんなを撮影してるから、『またこいつか』みたいなね(笑)。1年かけて100枚以上の写真や動画を撮影したから、出てくれた人はその何倍にもなるわ!」
 だんじりの青年団やお店に来たお客さん、地域の連協のみなさんや高校生、消防団に市役所の職員まで、槌賀さんがこれまで築いてきたつながりが、「ちょっと長いわ!」と言われるほどの大作を作り上げました。

 「回覧板持ってったら、『ちょっと待っとき』って言って、お菓子くれるおばちゃんがおってね。『ここのおばちゃん、歌舞伎揚やな』とか思いながら待つんです(笑)。もう引っ越しちゃったんですけど、そこの娘さんから『おばあちゃん、100周年動画いつも見てるわ』って教えてもらって。そういうのを聞くと、やっぱりうれしいですね」  

自分が一番楽しんでいるから、みんなのために頑張れる


 「『地域のために』とか『人のために』とか、もちろんそれは素晴らしいねんけど、なんかちょっとウソくさいでしょ。僕の場合、『怒られたくない』のと、『褒められたい』かな。分かりやすいでしょ!」と、豪快に笑います。
と言いながら、「地域が好きやから」、「みんなのことが好きやから」という言葉が何度も出てくる槌賀さん。そして、「楽しいのが一番」と言います。

 「もうしんどいから、町会長も同窓会副会長も、早く引き継ぎたいんですけどね。でも、きちっとしてから次の人に託そうと思うから、もうちょっとやってからかな。まぁ、自分が一番楽しみながらやってますよ」


稲園高校創立40周年記念式典の楽屋で。尼ノ民・上山さんは高校の2学年後輩

写真、ラジオ局の収録ブースで記念撮影をする槌賀さん
尼崎のラジオ局「エフエムあまがさき」に出演したことも

 取材が終わり、「きっと来るぞ」と思っていたら、案の定「一緒に写真撮ろう!」と言われ店外へ。「誰か撮ってくれると思うねんけど」と待つこと数秒。自転車に乗った見ず知らずの女性にお願いすることに成功…と思ったら、顔なじみの方でした。「知り合いかい!」と心の中でつっこみながら、槌賀さんが長年、楽しんで活動されてきたからこその奇跡を感じた瞬間でした。



(プロフィール)

つちが・ひさし 塚口本町西浦町会長。「寿司のことで取材受けたことはないねん」と笑う、寿司店の大将。自身の子どもが所属していた尼崎北高校水球部とのつながりも深く、関係者がお店に来ることも多い。同部出身のお笑い芸人・じゅんいちダビッドソンが来店した際には本人だと気付かず、プロの芸人のボケに対して「にいちゃん、今のは大阪名物『かぶせ』やね!」と言い放った逸話も。

 

   
















取材・文 尼ノ物書キ組

間﨑芙貴

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