全国から人を集める「まちの映画館」の仕掛け人

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写真、戸村さん
戸村文彦さん(41)/塚口サンサン劇場(クレンツ映像株式会社)営業課長

ツイッターきっかけで実現した「激闘上映」


写真、激闘上映の様子

 まるでスポーツ観戦やコンサートのように声援を送りながら見る「応援上映」、ライブ用の音響機材で迫力ある音質と音量を楽しむ「重低音上映」、インド映画に合わせて踊り、紙ふぶきやクラッカーでにぎやかす「マサラ上映」。そんなユニークな観客参加型の企画を次々と打ち出し、全国の映画ファンに〝聖地〟と名をとどろかす映画館が尼崎にあります。

 開館64年目、昭和から続く一般映画館としては市内で唯一の「塚口サンサン劇場」。その仕掛け人が戸村文彦さんです。


写真、ツイッターに投稿する戸村さん

 「きっかけはツイッターでした。2013年に『パシフィック・リム』という怪獣とロボットの対決映画があり、どちらかを応援しながら見る上映会が東京の映画館で開かれたんです。それを関西でもやりたい、塚口サンサン劇場に頼んだらどうだろうという声がツイッターに上がり、じゃあやってみましょうと。当時はまだ応援上映という言葉がなく、『激闘上映』と名づけて。それがすごく盛り上がり、あちこちで話題にしていただけました」

 重低音上映は2015年の『マッドマックス怒りのデス・ロード』が最初。単に音量を上げるのではなく、アクションシーンなどの低音部を引き出して強調し、野外フェス用の大型スピーカーでズンズン響かせる「重低音ウーファー上映」。これも評判となり、昨年からはスピーカーを常設化。「音を変えるだけで映画の表情って驚くほど違ってくるんですよ」と言います。

映画の魅力を分かりやすく伝える工夫


写真、笑顔の戸村さん

 ただ、こうしたイベント上映はあくまで作品次第。どんな映画でもやるわけではないと戸村さんは言います。話題のイベント上映を体験したお客さんが一人でも映画館で映画を見ることの楽しさを見直し、これからも劇場に足を運んでくれるきっかけになれば、と。

 中学のころから数えきれないほど映画館に足を運び、大学時代は映画館でアルバイトをしていた戸村さんは、よい作品なのにヒットしないという例もたくさん見てきました。なんとか興味を持ってもらいたくて、友達相手に一生懸命、解説をしていたといいます。


写真、映画館の座席に座る戸村さん

 「難しそうな映画でも、こんな見方があるよ、ここに注目すると笑えるよとか、あえて面白おかしく語ったりして。映画の見方って1つじゃないし、そんなかしこまって見るものでもないと思うんです。名作と言われる作品だと、面白くないと言いにくい雰囲気ってあるでしょう。でも、そういうことを気にせず、もっと自由に、気軽に見てほしいんですよね」

 豊富な知識を使って、作品の面白さを分かりやすく伝えること。これはぜひ映画館で見たいという気持ちを起こさせること。そのためにイベント上映を企画し、ツイッターで情報発信と収集をし、魅力ある番組編成(上映作品の選定)をすることが戸村さんの仕事であり、塚口サンサン劇場の存在意義なのでしょう。

旧作の上映は、最新作をより楽しんでもらうため


写真、塚口サンサン劇場のエントランス

 戸村さんはこれまで兵庫県の西脇市、神戸市の灘区、そして2011年から現在の塚口で、映画館の番組編成を担当してきました。塚口以外の2館はもう閉館してしまいましたが、土地柄によって上映作品はずいぶん異なるのだそうです。

 人口が少なく高齢層が多い西脇では、ちょっと前のメジャー映画や家族で行けるファミリー映画。目の肥えた映画ファンの多い神戸では、よそではなかなか見られない硬派でマニアックな作品を中心に。さまざまな年齢や職業の人が行き来する塚口では、話題の新作から懐かしい旧作、マニア受けするものから子ども向けのアニメまでバラエティーに富ませて。


写真、インタビューに答える戸村さん

 「うちは古い作品も積極的に上映しますが、そのねらいは最新作をより面白く見てもらうためなんです。たとえば、『超高速参勤交代』『るろうに剣心』という新しい時代劇が相次いで話題になったころ、山中貞雄という70年前の監督の特集をしました。人情話やチャンバラの原型を作った、時代劇の原点と言える人です。それを見てから最新作を見ると、映画の歴史や表現上のつながり、いろんな発見があって、映画を楽しむ幅と奥行きが広がると思うんです」

尼崎というまちが育てた映画館


写真、インタビューに答える戸村さん

 西宮、伊丹、梅田、それから尼崎市内にも巨大なシネコンがある中で、塚口サンサン劇場の観客数はここ最近ずっと右肩上がりに伸びています。その理由を戸村さんはこう語ります。

 「よその映画館との差別化をねらってるの?とよく言われますが、特に気にしていません。そうではなく、古くから三世代にわたってうちに来てくれるようなお客さんに喜んでほしい、それからこの地域におられる、それほど映画に関心のない人たちにも興味を持ってほしい。そんな想いでやっています」

 足もとの地域をしっかり見すえることで結果的に個性が際立ち、多くの人が全国から集まる。塚口サンサン劇場はたしかに尼崎というまちが育てた映画館なのです。


写真、塚口サンサン劇場の内館
写真、清潔で明るいトイレ
写真、劇場の座席に座る戸村さん

写真、上映器材を操作する戸村さん
写真、インタビューに答える戸村さん
写真、上映器材を操作する戸村さん
写真、上映器材を操作する戸村さん
写真、上映器材
写真、インタビューに答える戸村さん

(プロフィール)
とむら・ふみひこ 川西市出身。小学生の頃、テレビの洋画劇場から映画に興味を持ち、中学から映画館通いをはじめる。ハリウッドの娯楽大作からアート系といわれるフランスの巨匠作品まで。「『ダイ・ハード』第一作のスケール感と迫力を映画館で体感できたのは大きかった」という。あらゆる映画を見るが、個人的に注目しているのは是枝裕和監督。「家族を見つめる目がいいんです」。