ごきげんさんに暮らすまち、尼ノ國

尼ノ民たち

秦賢志さん(53)/幼保連携型認定こども園「はまようちえん」理事長・ディレクター

本に囲まれ、コーヒーが香る場所


 明るい陽が差し込むカフェ。木のテーブルが並び、本棚にはたくさんの絵本や児童書をはじめ、大人向けの雑誌や書籍も並んでいます。ここは「コミュニティ・カフェ&ブックス つながりのき」。JR尼崎駅に近い「はまようちえん」が2015年に開いた〝まちのたまり場〟のような場所です。

 薪ストーブでぽかぽかとあたたかい室内にいい香りが漂ってきました。キッチンに立ってコーヒーを入れてくれているのが秦賢志さん。この幼稚園の理事長です。園の運営にたずさわるようになった15年ほど前から、こんな場所がほしいと思い描いてきました。


 「幼稚園を核にしたまちづくりがしたかったんです。そのために、園とつながりのある人が集まって自由に活動し、楽しむ場所を作りたかった。もちろん子どもたちも出入りします。たくさんの本に囲まれ、音楽が流れ、コーヒーの香りが漂ってくる。園の友達だけじゃなく、卒園児やお母さんお父さん、地域の人たちもやって来る。そういう空間で過ごした幼い頃の記憶って、必ずどこかに残る。それってすごく素敵なことだと思うんですよ」

 カフェは園児の保護者がボランティアで運営しているため、毎日決まった時間に開いているわけではありません。週に2日は子どもたちが本を読んだり借りたりする保育の場になります。そういう事情を理解し、いくつかの決まりを守ってくれれば、つながりがない人でも有料で利用でき、イベントなどに使うこともできます。

幼稚園を核にしたまちづくりって?


 創立63年のはまようちえんの歴史の中で、秦さんは大きな変化をもたらす存在でした。副園長だった小寺由起さん(現・園長)と結婚し、園の運営について相談を受けるうち、「じゃあ一緒にやろうか」と乗り出したのは2001年ごろ。当時は環境教育の勉強をしていましたが、幼児教育や保育の経験はなし。それでも園を変えられる自信が秦さんにはありました。

 「当時は先生たちの雰囲気も、保護者との関係も良くなく、園の教育方針も明確にない。施設も古く、イケてない幼稚園でした。そこでまずは園内研修をやろうと、環境教育の手法であるチーム作りのワークショップを開いたんです。それに手ごたえがあったので、2002年、由起が園長になると同時にディレクターとして参画。そこからあらゆることを変えていきました」


 大きな方針の一つは、園を地域に開くこと。たとえば園庭開放や園舎の貸し出し。送迎バスは廃止して、近隣の子どもたち中心に受け入れること。お母さんたち向けにワークショップを開いて横の関係を作り、お父さんたちには秦さんのライフワークであるランニングのチーム結成を呼び掛けて、24時間リレーマラソンに出場するまでになります。保護者間の結びつきが強まる中で、アカペラやエコクラブ、ダンスなどのグループもできていきました。

 秦さんの思い描く「幼稚園を核にしたまちづくり」は、こうして動き始めたわけです。

のびのびと自由に育つ子どもたち


 「わたしになる。ぼくになる。」──はまようちえんはこんな理念を掲げています。子どもたち一人ひとりの「らしさ」を引き出し、自己肯定感を持てる人になってほしいという願いです。教育方針の8つの柱には、「もっと自由に」「想像的に」「共感的に」「信じる」といった言葉が並びます。

 「カリキュラムは必ず先生たちとミーティングを開き、最近の子どもの様子や遊び方、育とうとする方向を話し合いながら決めていきます。一方で、僕らの子ども時代のように、大人の目が届かないところで、子どもだけで学び合う経験も必要。だから園内にわざと目の届かない路地裏のような空間を作ってあるんです」


 園庭に出れば、土を盛った築山があり、木登りに打ってつけの立派な枝ぶりの木があります。秦さんが来てから給食は自前の調理になり、園舎は開放感のある建物に変わりました。そんな園内のあちこちを「はまよう」の文字が入ったTシャツ姿の園児たちが走り回っています。ミニラグビーをする子。大きな声で歌っている子。真剣な顔で友達と一緒に給食を運ぶ子……。

 のびのびと自由に育つ子どもたちを地域の大人たちがみんなで見守ります。

子どもも大人も育つ「共育」の場


 「幼稚園や保育園は地域の理解と協力があってこそ。だから地域にどんどん開いて、使っていかないともったないと思うんです。このカフェでは町内の老人会の方たちが月に一回、『はまBAR』と名付けて宴会を開いてますよ。今、幼稚園や保育園が迷惑施設のようにいわれるニュースもありますけど、ここはありがたいことにそんな苦情もありません。子どもたちの声は外に響きわたっていますし、冬には園庭でガンガンたき火をするんですけど」

 そう言って笑う秦さん。はまようちえんは、子どもも大人も共に育つ、地域にとって大切な「共育」の場になっているようです。



(プロフィール)
はた・たかゆき 神戸市須磨区出身。30代前半まではコピーライターとして、さまざまな企業の広告やカタログなどを手掛けた。長良川河口堰建設反対運動が転機となり、環境教育を志し、尼崎市内でもワークショップや自主上映イベントを開く。幼稚園に本格的に関わったのは38歳の時だった。ランニングが趣味の域を超えたライフワークで、マラソン、山を走るトレイルランの大会にも出場。


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