学生生活

 2017年6月から11月末までの半年間、尼崎市役所の二人の職員が長野県飯田市へ派遣されました。「教育県」として知られる長野県。中でも飯田市は公民館を中心に「学び」を通じて、地域の人たちがいきいきと暮らしているんだとか。公民館職員として、留学生のように過ごした半年間についてお二人に語ってもらいました。

桂山智哉さん●平成27年入庁。ケースワーカーとして保護世帯への訪問やヒアリングに従事し、現在は大庄地域振興センターに配属。
前阪美樹さん●平成26年入庁。社会教育課で尼崎市内の学びの情報を発信する「あまナビ」の発行に携わり、現在は小田地域振興センターに配属。

 はじめに、飯田市の基礎知識から。長野県の南端にある飯田市は、合併を繰り返して人口は10万人となり県内第4位の都市ですが、旧町村は今も20の集落として、それぞれ地域の自治が保たれています。コンパクトなまちですが、公民館数は全国でトップクラス。運営を支えるのは地域住民から選ばれる公民館委員(ボランティア)でその数はなんと900人もいるそうです。一体どんな公民館活動をしているのでしょうか。

 前阪さんが今回お世話になったのは「上久堅(かみひさかた)」という人口1300人の小さな地区。小学生は46人。自治会加入率は99%。「入ってない人を見つける方が難しい」と前阪さんも驚きの加入率です。彼女は半年間、そんな「濃い関係性」の地区で、公民館職員として、公民館活動の秘密を探りました。


上久堅公民館の外観の写真
上久堅公民館の外観

 公民館にはそれぞれ館長がいます。上久堅の館長は市の職員と思いきや、地元の元郵便局長さん。こんな風に地域の人が館長を務めています。りんご農家でもある館長は、お昼間に摘果作業に行ったりもするようです。飯田市の職員はこうした活動を公民館主事として黒子に徹して支えています。

 職員の仕事は会議の連続。とにかく地域の人の話をよく聞きます。仕事を終えて地域の人が集まる平日19時半からはほぼ毎日会議の予定が入っています。打ち合わせの内容は、火まつりの段取りや夏の事業の一つである鱒のつかみ取りの方法など。「マスを焼く竹串の角度を大人が真剣に3時間も話し合うんです。さらに、練習で実際に焼いてみたり。もちろん、その後は反省会と称して焼きあがったマスを肴に打ち上げもします」という前阪さんも、その輪の中で多くのことを学びました。


鱒のつかみとり大会の様子
鱒のつかみとり大会の様子

 地域から選ばれる公民館委員は40代から60代の地域の若手と呼ばれる人たちで構成されています。近所の人やまちの先輩に頼まれて、最初は嫌々引き受けた人たちも「やるからには自分たちが楽しまないと」と取り組む姿が前阪さんには印象的だった様子。昨年20年目を迎えた「全日本げたとばし大会」や、活動と休止を繰り返しながらも長年続く「小野子九頭龍太鼓」の演奏・練習に立ち会えたことも貴重な経験です。
 
 「事業やイベントを消化することよりも、どんなことを誰と誰のためにやるのかを地域の人たちと徹底して考える機会に恵まれました」と半年間を振り返る前阪さん。「人との対話の時間を惜しまない」、そんな飯田のスタイルに刺激を受けたようです。

 桂山さんは、「前阪さんの地区よりも都会。だってコンビニありますもん」となぜか自慢する、人口6900人の「竜丘(たつおか)」地区にお世話になりました。地区内のアパートに住みながら、竜丘住民としても様々なことを学びました。最近はアパートやマンションが増えており、上久堅に比べると町会加入率は低いのですがそれでも80%という驚異の加入率(ちなみに尼崎市は市全体でおよそ52.7%)。


報告会の様子
市役所職員を前に報告をする桂山さん。写真は竜丘公民館

 月2万円の区費(町会費)に加えて、竜丘地区内の長野原区民センターの修繕、建替などに向けた積立の負担金として転入時に10万円を支払います。竜丘公民館の運営はこうしたお金の他、建設費用はほとんどが地域の寄付でまかなわれている、まさに「みんなの公民館」なのです。公民館で地域の運動会を開いたり、小学校のクラブ活動を教えるのが地域の人だったり、学童保育のカリキュラムも地域で考えたり、公民館を舞台に行政と地域住民がうまく手をつないでいるようです。

 桂山さんは、まず配属された公民館での係名に驚きました。その名も「学習支援係」。彼に与えられた使命は「地域の人のやりたいことを応援すること」。職員が住民に「やってください」とお願いすることはなく、あくまでも住民の主体性を信じているのだといいます。

 公民館委員のみなさんは、常に「何のために?」という問いを立てておられます。地域で続く「古墳まつり」の企画会議でのこと。発案された豚汁のふるまいについて、ある委員が言いました。「古墳でなんで豚汁?」。

 たしかに豚汁を配れば人が集まるかもしれません。でも、地域の人に古墳の歴史を知ってもらうためのイベントなのに、何か他にいい方法はないのか。といった議論が白熱します。「竜丘の人たちにとって地域のイベントや公民館の事業は完全に自分ごとなんです。それだけでなく僕たち職員のことも“自分たちの仲間”と思ってくれていたのが嬉しかった」と桂山さんは半年間を振り返ります。


古墳まつりの様子
古墳まつりの様子

 充実した半年の留学を終えた二人は昨年12月に尼崎市に帰ってきました。それぞれ地域振興センターという、地域と一番近い場所で働いています。「“地域”って言葉が誰を指しているのか。僕たち市役所職員は尼崎で暮らす人たちの話を本当に聞けているのか。改めて考えることができました」と桂山さんは、飯田市での経験を尼崎市職員に伝えることに挑んでいます。


会場の様子
市職員研修として開かれた報告会はほぼ満席。

 「飯田と尼崎では規模も環境も違うから、なんて言い訳にしたくない」と二人は口を揃えます。「飯田の公民館で盛り上がるのは農業の話だけど、尼崎ではスーパーの特売情報に話題がかわるだけ。話好きで人好きなのは尼崎の人も変わりません」と前阪さんは尼崎での可能性を感じています。


「立場の違う地域の人をつなぐコーディネーターになりたい」という前阪さん。

 「これまでは地域住民や企業をお客さん扱いして、イベントや事業に協力してもらっていたような気がします。けれど、これからは時間をかけて丁寧な関係づくりを通して、一緒に事業を作っていきたいです」という前阪さん。

 尼崎市は今、市内6地区にある地域振興センターと学びの拠点である公民館が一体となって、地域の課題解決や魅力向上に取り組む方々を支える体制づくりをすすめています。飯田市の公民館の姿に、行政(公共)と個人(私)の役割をつなぐ、新しい公共のあり方のヒントがあるのかもしれません。


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