学生生活

市立小園中学校の道徳講演会「生きる勇気をありがとう」の様子

 平成30年12月12日に、市立小園中学校の道徳講演会に参加してきました。
 講演は元PL学園高等学校野球部で春夏連続準優勝を経験した清水哲さん。後にプロ野球入りした桑田真澄さんの1学年先輩に当たります。
 高校卒業後、大学に進学し、野球の試合中に頚椎を損傷し、肩から下が動かなくなりました。

 テーマは「生きる勇気をありがとう」
 事故にあったのは19歳。なんで俺だけが…両手両足の動かない状態でどうやって生きていくのか、他人に迷惑をかけて生きるなら死んだ方がマシだと考えていたそうです。この時に怒ってくれたのが桑田さんでした。「哲さんは、少なくともボクのためになっていますよ」と。

 このままではいけないとリハビリを始めたものの少しもよくなってると思えず力が入りませんでした。そんなときに交通事故で首の骨を折って入院していた3歳の女の子と出会います。
 その子は同じリハビリのメニューを笑いながらこなしていて、すごく恥ずかしい思いをしたそうです。そこで、ダメで元々と真剣にリハビリに取り組みます。すると右手が電動車椅子の操作ができるまでに回復したのです。このおかげで一人ででも外出することができるようになりました。諦めずにリハビリをしてよかったといいます。


市立小園中学校の道徳講演会「生きる勇気をありがとう」

 小学生1年から野球を始めた清水さん。学校に行く前も帰ってもピッチング、風呂でも手首を鍛えるなど訓練を重ね、中学校2年生からエースとして活躍。2.3年で大阪中学校優勝野球大会連覇を達成しました。3年生の時に一回戦で対戦したのが、PL学園で後輩になる桑田真澄さんでした。なんとか延長戦で制することができましたが、当時からきれいなフォームですごいボールを投げており同級生かなと思ったそうです。

 そんな清水さんは、高校生時代、甲子園に出たいと思ってPL学園に入学したにも関わらず、あらゆる雑用が1年生の仕事で、毎日不服を言ってたそうです。その当時、監督の中村順司さんに言われたのが「野球選手である前に1人の人間でありなさい」。日常生活をおろそかにするとエラーなど、プレーに現れるとの教えでした。
 ちなみに当時の桑田さんは、雑用は全てこなし、今日、どういうトレーニングをしたか、練習内容を全て書き留めていたといいます。プロになってからも酒・たばこは一切せず、野球に対する姿勢が人間として尊敬できるとおっしゃっていました。

 自分が死ぬ時に「あの時怪我してよかったな」と思える人生にしたいと語られた言葉が印象的でした。
 小園中学校の生徒の皆さんには、「これから長い人生が待ってる。僕に野球があったように夢中になれるものを探してほしい。誰にも負けないものを。そこで学んだことやそこでできた友達がいつか助けてくれる」と締められました。
 最後に生徒代表から、ツライことがあっても今日の清水さんの言葉を思い出して、前を向いていきたいとお礼の言葉をお返ししていました。


この記事を書いた人

みんなの尼崎大学事務局 立石孝裕

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