ごきげんさんに暮らすまち、尼ノ國

尼ノ民たち

写真、外観前に立つ稲さん
稲里美さん(58)/「蓬莱湯」3代目

「銭湯とはこういうもの」という常識を覆す


 落語会にスマホ写真教室、体操教室、イラスト展、もぐさワークショップ、ヤドカリカフェ、おふろバー、野菜の販売会など多彩なイベントを開催する場所といえば、何を思い浮かべますか? ギャラリー? それとも、コミュニティスペースでしょうか?

 実は創業87年の歴史を持つ銭湯「蓬莱(ほうらい)湯」です。

 銭湯として通常営業しながら、イベントを開催し、さらには温泉水ペットシャワーや温泉の自動販売機設置・宅配、貸切温泉の提案、温泉を濃縮したスキンケア商品の開発・販売など、「え!銭湯で、そんなことも!」という試みを次々と展開しています。


 あの手この手と攻め続けるのは、3代目の稲里美さん。「『こんな風呂屋は見たことがない』と言われるのが何よりもうれしい」と笑います。

銭湯一家の一人娘としての覚悟


 「親せきに銭湯経営者がいて、そのご縁から、父母は銭湯を転々としながら住み込みで働いていました。私が4歳の時には西本町にあった『朝日湯』の事業主になり、子どもの頃から番台(入浴料受け取りなど行う台)に座るなど手伝っていたんです。21歳の時には高速道路開発のために立ち退きになり、1980(昭和56)年に『蓬莱湯』を創業者から譲り受けました」

 稲さん家族が「蓬莱湯」経営を始めた当時、稲さんいわく「銭湯バブル期」。兵庫県公衆浴場業生活衛生同業組合の名簿によると、1970(昭和45)年のピーク時には尼崎市内に162軒以上の銭湯があり、現代でいうコンビニのようにあちらこちらにあったそうです。


写真、全面改装前の外観
2009年以前の「蓬莱湯」。「温泉銭湯」という名に合うよう、全面改装を実施した

 大学卒業後はホテルで接客をしていた稲さんでしたが、家業が多忙のため、退職して手伝うことにしました。

 「母から『かまどの下の灰まで全部あんたのもんやから、好きにせえ』と言われ続けていました。好きにする限りは、親以上に利益を上げるか、盛り上げるかしないとあかん。『銭湯でもこんなことができるんや!』ということがしたいと考えていたんです」

 いつか役立てようと、フリーランスでお笑いの脚本や番組企画、不動産などの仕事もしていたと振り返ります。

「変えないもの」と「変えていくもの」


写真、お風呂
撮影:小林哲朗氏

 「蓬莱湯」改革の始まりは、阪神・淡路大震災がきっかけでした。

 「他市からも被災された方々がお風呂に入りに来られることがありました。災害時に入浴の機会を提供できるという銭湯の役割の大きさに気づき、使命感を持ったんです」

 時を同じくして、銭湯経営にとって厳しい時代に突入します。尼崎市南部地域も震災で家屋の倒壊や路面の亀裂などの被害を受けたため、復興に向けてのまちづくりが進められ、風呂なしアパートや文化住宅が姿を消し、時代の流れもあって家風呂が普及。「蓬莱湯」では、常連客が減り、収入も激減しました。

 稲さんによる改革の第一弾は、2001年の温泉掘削。「お風呂にゆっくりと入って体を洗う」というお風呂の原点を大切にしようと、お湯にする水を研究していたところ、最終的にたどり着いたのが温泉でした。


写真、外観
撮影:小林哲朗氏

 以降は、時代を先取りして「銭湯」という枠組みに捉われることなく改革を進めますが、銭湯として地域や社会に貢献する使命感はぶれることはありません。

 斬新な改革を行っているため、銭湯の造りも一風変わっているのではと想像してしまいますが、洗練されたおしゃれさはあるものの、源泉かけ流しの大風呂を中央に構えたシンプルな造りになっているのは、そのためです。イベントも何でもオッケーではなく、軸を決めています。

 「銭湯だからテーマは『健康と美容』、加えて面白くて誰かに役立つことであることが必須。私企画の『乙女のお湯会』は女性限定の銭湯デーで、女性ならではの体に関する『あるある』話をしたり、ケアやマッサージの方法を学んだりしているんですよ」

「面白そうやん!」が引き起こす化学反応


 稲さんは尼崎を「寛容性のあるまち」と表現します。「『好きなことをやるんやったら、やりいや!』と応援してもらえますから、追い風になるんです」

 イベントを始めるきっかけも、改装記念の祝賀会で、番台を使って職人による寿司を提供したところ、訪れた人たちが面白がってくれたからでした。稲さん発案企画を開催していく中で、「なんか、面白そうやん!」と尼崎の人たちが続々と集い、今では持ち込まれる企画によって幅広いジャンルのイベントが開催されるようになっています。


写真、長男の雄志さんと稲さん
イベント時の撮影係を務める長男・雄志さん。将来の夢はフォトグラファー。稲さんから「自由に」と言われているが、たまに「継いでみる?」オーラを感じることがあると笑う

 稲さんのアイデアの源泉は止まることを知りません。2017年には尼崎市が地元企業のよさを知ってもらう目的で取り組んでいる「尼崎市長期実践型インターンシップ」に参加し、大学生2名を受け入れたことで、また面白いことをひらめいてしまったのです。

 「『人を受け入れることはコスト』と考えていましたが、1人より何人も集まれば、もっとすごいことができると刺激を受けました。これからは『尼ノ國』という国レベルで考えて、次のステージへ」と何かを企んでいるご様子。

 稲さんのアイデアの源泉から湧き出るお湯を、尼崎という風土がますます熱くしてしまっています。








写真、温泉水ペットシャワーと温泉自動販売機



(プロフィール)

いな・さとみ 1959年尼崎市生まれ。3人の子を持つ母。尼崎浴場組合に加入し、一時期は副組合長を務めたほか、市内の銭湯と連携して「銭湯スタンプラリー」を実施するなど、銭湯業界全体が盛り上がることにも尽力。「蓬莱湯」内に掲示されている貼り紙の多くは稲さんによるもの。「シャワーは1人1台。2台同時利用の場合は特別料金を。特別料金を払ってどんどん使ってくださいね」とユーモアたっぷりで、隅々にまで「稲さんイズム」が宿る。


取材・文 尼ノ物書キ組

小森利絵

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