ごきげんさんに暮らすまち、尼ノ國

尼ノ民たち

写真、忍者姿でポーズをとる上田さん
上田華耀さん/いなでら忍者学校 剣術先生

猪名寺に忍者学校がある?!


写真、笑顔の上田さん
上田華耀先生の「華耀」は、花屋さんで働いていることから付けられました

 「猪名寺に忍者を育てる学校があるらしい」。そう聞きつけ、車も入れないような細い路地を抜けて訪れたのは猪名寺会館。対応してくれたのは、剣術の先生・上田華耀(かよう)さんです。上田さんは「忍たま」と呼ばれる、忍者を目指す子どもたちに剣道を指導している「忍者学校の先生」です。


 今から10年以上前に、佐璞丘公園(さぼくがおかこうえん)にある猪名寺廃寺跡の森を再生するプロジェクトが始まりました。「私たちが引っ越してきた時、佐璞丘公園はうっそうとした森で、子どもは近づいてはいけないといわれているような場所でした。しかし、万葉集にも出てくるような歴史のある『猪名寺廃寺跡』だと知り、森を再生させて子どもたちに歴史を伝える動きがはじまりました」。子どもたちに分かりやすく、かつ楽しみながら歴史を伝えようと、2014年に始まったのが「いなでら忍者学校」です。


写真、いなでら忍者学校に参加する子どもたち
毎回約50人の子どもたちが参加。現在は4期目が行われています

 「どうして忍者学校?」と思われるかもしれませんが、尼崎が「忍者」にゆかりがあることをご存知でしょうか。NHKで放送されているアニメ「忍たま乱太郎」の原作者は、尼崎出身の尼子騒兵衛さん。実写映画化やミュージカル化され、子どもから大人まで幅広い年齢層のファンから支持されています。実は、登場人物の名前は尼崎にある地名が使われており、主人公の乱太郎の名字は「猪名寺」なのです。そこから着想を得て「いなでら忍者学校」は生まれました。

地域で作るオリジナルの忍術


写真、食育かるた術に挑む子どもたち
「食育かるた術」は、カルタで栄養や食生活について学びます

 いなでら忍者学校では1年間のカリキュラムが組まれていて、5月の入学式に始まり、岩登りの術や木登りの術、歴史術などの忍術を学び、12月の卒業式を迎えます。
 
 カリキュラムは、地域のものを活かしていることがこだわり。歴史術では、園田学園女子大学のゼミ生の協力を得て、まちを散策してクイズ形式で歴史を学びます。岩登りの術は、地域の大工さんや工務店さんが手作りしたボルダリングを体験。また日常生活に結びついた、おそうじ・清掃術なども。最終日の卒業証書授与式では、婦人会お手製の田能の里芋が入った芋煮が振舞われます。それ以外の忍術も、運営する地域の大人がアイデアを出し合って作ったオリジナルのものばかり。


写真、子どもたちが色を塗った、ボルダリングのボード
ボードは子どもたちが色を塗って作成しました

 それは運営主体の園田北小学校区まちづくり協議会が、地域で子どもたちを育てようと考えているから。「忍者学校の約20人のスタッフは、有志で集まった地域の人が中心。初めは全て手作りだったので、忍者服もありませんでしたね」と振り返ります。地域に住む大人たちが、子どもたちを楽しませようと試行錯誤している様子がうかがえます。

仕事と育児、剣道教室、そして地域のために


写真、インタビューに答える上田さん
「礼儀作法をしっかり教えています」と話します

 「子ども会の役員を5年間やっていて、任期が終わる時に猪名寺自治会長の内田さんから、忍者学校の運営に関わらないかと声がかかりました。最初は手探りだったので、どうなることかと思いましたが、今は楽しく運営に関わっています」と上田さん。

 学生時代に剣道を学んでいた上田さんは、自身の子どもが剣道を始めたことをきっかけに、5年前から子ども向けの剣道教室で指導をしています。そのため忍者学校でも剣術を担当。経験や体格差を考え、新聞紙を丸めたものを竹刀に見立て、お尻に付けた紙風船を割るゲームを行っています。

 「新聞紙が顔に当って泣いてしまう子もいますが、みんな最後まで諦めずに戦ってくれます。小学1年生から6年生までをまとめることは難しいですね。でも初めはおとなしかった子が、最後には生き生きとしている姿を見るとうれしいです」と笑顔で話します。近頃は室内でゲームをして遊ぶ子どもが多いといわれていますが、忍者学校では外で体を動かして遊ぶ楽しさを教えているのです。

今も残る地域のつながり


 「猪名寺」のまちについて尋ねると、「少し昭和の香りがする田舎っぽい地域」との答え。小学生の下校時間には、子どもたちを見守りましょうと町内放送が流されたり、猪名寺に新しく住み始める人には自治会のお誘いがあったりと、地域のつながりが濃厚に残っているのだとか。

 「自治会に入ったおかげで、近所の人と話すきっかけができました。普通に生活しているだけでは世代の違う人と話す機会がありませんが、忍者学校の活動ではさまざまな人と関わることができましたね」と地域に馴染めたと話します。


猪名寺廃寺跡の再生された森で遊ぶ忍たまたち

 「忍者学校の卒業生が高校生になった時に、先生として戻ってきてもらうことが目標です。そのためにも、30〜40代の若手スタッフを増やしたいですね。園田北小学校区まちづくり協議会内に40代までの有志で構成された『ふるさとづくり青年隊』があり、私が隊長を務めていますが、そちらと合わせて増えたら良いなと思います。スタッフが増えたら、今は園田北小学校区内で行っていますが、他校にも広げていきたいです」と目を輝かせます。

 地域に見守られて育ち、「忍たま」としてまちを走り回った経験のある子どもたちは、きっと人一倍地域に愛着を持つことでしょう。近所付き合いが希薄になりつつある現代に、昔と変わらずにある「地域のつながり」を感じられました。







(プロフィール)

うえだ・かよう 尼崎市武庫之荘出身。結婚を機に猪名寺の住民となった。現在は花屋で働きながら、3児の育児、園和北小学校で行われている剣道教室「誠心剣修会」での指導など多忙な日々を過ごす。園田北小学校区まちづくり協議会ではふるさとづくり青年隊隊長。


取材・文 尼ノ物書キ組

立花莉絵子

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