学生生活

 青空広がる8月18日(土曜)、貴布禰神社で「KOGAI QUEST第3章」が開かれました。今回は尼崎市医療生活協同組合の船越正信さんから、「医者としてできること」についてお話いただきました。


船越先生の話に聞き入る参加者の皆さん

 船越先生は、1982年に赴任してきた尼崎の病院で、次々と発作を起こして運ばれてくる重度のぜんそく患者のみなさんの様子を目の当たりにします。その後、1988年の改正公害健康被害補償法で公害患者への補償が打ち切られると聞き、KOGAI QUEST第2章でお話を聞いた松光子さんから、差し止め訴訟の資料として公害患者の診断書作りを依頼されます。「診断書を作るぐらいならと気軽に引き受けました。それが裁判の証言台に立つことになるなんて…」と、自らを町医者と名乗る船越先生は当時を振り返ります。


穏やかな口調で話しをする船越先生

 裁判では、企業側に付く呼吸器科のそうそうたるメンバーの医師たちが「患者の訴えは仮病だ」「大気汚染が原因とは言い切れない」と発言。それを聞いた船越先生は、「私の目の前で苦しんでいる人々は決して仮病なんかではない」と、怒りを感じたと話します。「本を何冊も出しているような有名な教授が公害で苦しむ患者を『偽患者』だと言い、私たちの揚げ足を取るような発言をします。その発言の矛盾点を裁判官に分かるように、ひとつひとつ説明していきました」と「どれだけ医学の知識を持っていても、何に使うかが大切なのだ」と話す船越先生。松さんに依頼されてから1999年に和解するまで、約10年にも及ぶ戦いでした。


対談形式でお話を聞いていきました

 ひょんなきっかけで尼崎に赴任するときも、松さんから依頼をされたときも、「断れない性格」と自ら話し、受け入れてきた船越先生。2005年からは「アスベスト被害からいのちと健康を守る尼崎の会」を自ら立ち上げ、会長として活動されています。「アスベストを吸引した人は、中皮腫や肺がんになるリスクが上がります。ぜんそくと違いそれらは前兆なく発症し、発症から2〜3年で命を落とすケースが多いのです。潜伏期間が30〜40年あり、いつ誰が発症するか分からない中、責任の所在が明確でなく、補償制度が整っていません」と課題を話します。
 「何かをしようとしたとき『できる、できない』ではなくてどうやったらできるか、『できる方法』を考える。一歩踏み出すと景色が変わる、という思いで後輩を指導しています」と話す船越先生は、これからも患者に寄り添い続けます。


 アスベストに関わらず、私達が誰も知らない、気付いていないだけで、これからも「公害」は起こりうるかもしれません。社会が生んだ歪みが人の命を脅かすときでも、関わる立場によって見え方が全く違います。
 KOGAI QUESTでは、全5章かけてさまざまな角度から公害を考えます。次回の第4章は、9月8日(土曜)朝10時から。尼崎環境財団の浅野悟郎さんに「患者と工場のあいだで悩んだ市役所職員からみた、あの頃の尼崎と私」を話していただきます。各回参加もできますので、ぜひご参加ください。

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▼KOGAI QUEST第2章の様子はこちら

(文 みんなの尼崎大学事務局 立花 莉絵子)


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